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●ひろさちやさんの祖師の解説シリーズ、とうとう禅・臨済宗開祖の栄西を載せる時がきました。臨済宗だと、このブログの初期に、金閣寺・銀閣寺住職の有馬さんのご本を紹介しました。そこから時折、臨済宗関係のご本はご紹介しています。禅は「生活宗教」であり、生活そのものが禅です。食事をするのも禅、掃除をするのも禅、トイレを使うのも禅、眠るのも禅。だらしがない、というのが成立しません。
『細かなことは省略しますが、ともかく禅宗においては作務を重視します。作務とは、農作業や清掃などの作業であって、このような作業(作務)をすることが禅の修行だと考えられているのです。』(p60より引用)
私は、日常生活を整えるということだけでも花マルだと思います。現代は汚部屋でお菓子を食べてゲームをして毎日ゴロゴロしていても平気で生きられてしまいます。それで「幸せ」ではなく、気がおかしくなってしまうのは必然です。私は、栄西が、生活を整えていく教えを遺してくれたことが大功績だと思います。
そして、『喫茶養生訓』も遺してくれました。確かに、お茶の話でも有名ですが、これは即ち健康書であり、医学書でもあります。
『なぜ栄西がこのような著作を残したか?彼は、仏道精進のためには健康でなければならず、その健康のためには喫茶が重要だと考え、それでこの書をつくったわけでしょう。』(p163より引用)
これも、特定の宗教など関係なく、日常生活を整えること、食生活も気をつけること、万人にとって必要なことです。我々凡夫って、このような道理もなかなか分からないものなんですよね。
●私には蛇足になってしまいますが(私の中での重要事項は👆上記がすべてなので)、栄西は京都の朝廷よりも鎌倉幕府に寄った(というか、そうせざるを得なかったのですが)というのも因果的な感じがしました。
『京都においては、天台宗と真言宗が幅を利かせていました。とくに天台宗が大きな発言力を持っていました。そして、少しでも天台宗と違ったことを言う者は、乾(ほ)されてしまいます。
しかし、鎌倉はそうではありません。鎌倉幕府は武家政権です。生死の境に生きる武士にとっては、天台宗よりも禅宗のほうがピンとくるのでしょう。栄西が京都で乾され、鎌倉で重んぜられた一つの理由は、そこにあるように思います。』(p116より引用)
■■■あめ的回答■■■
禅僧では、一休さんや良寛さんが今でも親しまれていますね。私も、祖師とはいえ栄西についてはノーマークでした。p118の行勇(ぎょうゆう)とのエピソードは、禅僧らしい答えとなっていてホッとしました。有馬さんのご本でもありました「掃除は信心よりも大事」ということ。これこそが(私的には)要で、生活を間違わなければ、そうそうおかしな生き方にはならないです。
但し、栄西の考えでは戒律こそが仏法の命とされていたそうです。しかし、我々誰もが正確に戒律を守ることはできません。生き物を殺して食べることもします。
『でも、それじゃあ、いつもいつも戒を破ることになるではないか?!そう言われるかもしれません。たしかにその通りです。ですが、人間は弱い生き物だから、正しい生き方なんてできません。まちがいばかりをしてしまうのです。だが、そのまちがい——破戒——をしたとき、仏に懺悔する気持ちを持つことが大事なのです。わたしはそう考えています。そして、それが釈尊の考え方だと思うのです。』(p160より引用)
毎日、何かしら小さなことでも罪を重ねています。それでも生かさせていただいていますという感謝になります。慎ましく生きること、祖父母の代では、きっとそんな感じだったんだろうなと思います。欲持つと、やること増えて大変です。放下著!(ほんと、それですよね…)
