『人生に悩んだから「聖書」に相談してみた』 MARO (上馬キリスト教会ツイッター部)
『人生に悩んだから「聖書」に相談してみた』 MARO (上馬キリスト教会ツイッター部)

『人生に悩んだから「聖書」に相談してみた』 MARO (上馬キリスト教会ツイッター部)

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人生に悩んだから「聖書」に相談してみた [ MARO(上馬キリスト教会ツイッター部) ]
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キリスト教をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人の行政書士のMAROさん(キリスト教のヒラ信徒さんだそうです)のご本の紹介は3冊目です。最初にご紹介しました『ふっと心がラクになる眠れぬ夜の聖書の言葉』で、MAROさんの解説してくださる聖書のお話って、全然今の時代でも通用するような ものの道理のお話だなぁ…と興味もちました。信徒ではない あめちゃんでも「なるほど!」「あるある、わかるー」という感じで理解できる内容で、他にもMAROさんのご本もっと読みたくなりました。

世間じゃ「自己責任だよ」とか言われたりする場面があるけれど、そもそも自分だけで負えるキャパを超えているようなことってどうしたらいいの?

「いつか幸せになりたい!」けど「今、幸せ!」ならもっといいんだけどな。

リアルな家庭の問題、友だちのこと、SNSなど……いろいろ悩んでいます。

…という方へ。他にも、日常に直面する あるあるな問題を、聖書視点で解釈を教えてくださっています。そもそも、全宗教全否定と言う方は、このページを読んですらいないとは思いますが、かなり日常に適応したご回答が多いので、この解釈を知っておくだけでも、きっと生活で役立つシーンはあると思いますよ♪

まず1つ目ですが、そもそも 日常で想定外のことは、いくらでも起こります。

『そもそも、人間の人生は、自分でその責任を負うには重すぎます。』(P56より引用)

誰でもキャパオーバーはあります。それに近いお話で、

現代の人々は、あまりにも「自力」に頼りすぎています。「自分の力」「自分たちの力」だけを過信しすぎています。それで疲れ果てて、幸せを失ってしまっています。人間が「自力」だけでできることなんて、限られています。日の光も雨も、「自力」では手に入れられないんですから。』(P148より引用)

「自分のこと」「自己責任」自分、自分なんて言っても、さらにはその案件には他人が絡むことも往々にしてあるでしょう。

2つ目。こちらもごもっともなお話です。

『「いつか幸せになりたい」方はいませんか。そんな方はまず、「今日」幸せになることを考えてみてください。現代人って、「嫌なことを毎日やる」ことには意外と頑張ったりしますけど、「楽しいことを毎日やる」ことには慣れていないような気がします。』(P39より引用)

自己肯定感が低い人だと、なおのこと、自分を苦しい立場に追い込んでまで、嫌なことを頑張るのだろうなと思います。楽しいことを毎日やってコツコツ幸せを貯めることに罪悪感すら覚えるのではのでしょうか。こちらのご本とは直接関係ないことかもしれませんが、今はもう「風の時代」です。嫌なことの努力と根性の時代は終わりました。

■あめ的回答■

このご本で1番ステキだなぁと思ったお話が、「たとえば、コップにあった水がなくなった場合」のお話。どうして水がなくなったのか?誰かがコップを倒した?放っておいたら蒸発した?誰かが勝手に飲んだ?

ひとは過去に目を向けがちだけど、

『しかしイエス様ならきっと、この問いにこんなふうに答えます。「それはこれからこのコップにオレンジジュースを注いであげるためだよ」と。根拠を過去ではなく、より良い未来に置いています。』(P220より引用)

あめちゃん知らなかったのですが、MAROさんが仰るには、よくキリスト教では「手放せ」ということが言われるそうです。禅だと「執着を手放す」ってよく出てきますね。長い歴史の風雪にも耐え抜き、引き継がれていく教えには道理がきちんとあるのだなぁと感じたあめちゃんでした。

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