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●国立西洋美術館館長 田中正之さん監修のご本です。最近、歴史から学ぶことばかりだと痛感することが多いあめちゃんです。絵画は当時の歴史そのものが刻まれています。
●五十音順に『悪魔』『欺く(あざむく)』『アジア人画家』…と、キーワードを元に関連絵画が紹介されています。中でも、あめちゃんが日頃、かなり謎に思っている題材、キーワードがありました。『ヴァニタス』です。
『ヴァニタスとは、この世の儚さ、人間の努力や望みの虚しさを意味する。この思想は古来ヨーロッパに存在し、文学や美術作品の中でさまざまに表現されてきた。』(p26より引用)
このページで紹介されていた絵は、表面が美しい庭園で寄り添う新婚らしきカップルで、裏面は老いさらばえた汚い姿となったふたり。あめちゃんは、日常でもあり得る、人はこんなにも変わってしまうものなのか?!ということ(それは外見も内面もです)を、受け入れきれないのです。たまに「20歳と40歳ってそんなに違う?」とか、なんなら「20歳と70歳ってそんなに違う?」とまで身近な人に投げかけてしまいます。自分の中が昔とたいして変わらない、私は私のままで変わりようがないという思いこみからですが。でも、変わり様に全くの別人になってしまった身近な人を見て、人はこんなにも変わってしまうものなのか?!と、やはり驚いてしまうのです。
『パン』のキーワードページで、レオナルド・ダ・ヴィンチの≪最後の晩餐≫が載っています。この絵のキリストとユダのモデルとなった人は同一人物だそうです。(※ソースは、小林正観さんの「ありがとうの神様」ですが、このご本はこのブログでは未だご紹介していません)
ダ・ヴィンチが最初に描いたのはキリストです。公園で「目が澄んで、肌がキレイで、すがすがしい青年」を見つけてキリストのモデルとして描きました。ひとりづつ弟子を描いていきましたが、裏切り者のユダだけが思うように描けず、ダ・ヴィンチは3年以上苦しんだそうです。そんなときに、薄暗い酒場で、裏切り、苦しみ、妬み…を背負ったような男性を見つけました。その男性をユダとして描かせてもらったら、その男が泣き出し、実は3年前にキリストのモデルとして描いた男その人だったと知ることになりました。
これは、この男が3年間、悪口や恨み言、憎しみを言い続けて人が変わってしまったという「寓話」として残っているそうです。
人はこんなにも変わってしまう例は、枚挙にいとまがないのですが、どうも受け入れられずに悩んでしまいます。ただ、それはその人が変わったのではなく、その人のその面を知らなかっただけだという瀬知洋司さんのお話で、なるほど…とは(一応)落ち着きました。
■■■あめ的回答■■■
思いがけない話題になってしまいましたが、テーマは現代にも続いています。『お金』のキーワードでのリアル≪収税吏たち≫も、今でもいます。人格が変わるというか、その面が出ただけ。ずっとキレイでもいられない。でも憑き物が落ちたら美しくも変われる。
執行草舟さんが仰っていましたが、『優れた美術品からは、優れた波動が出ているのを感じるでしょう。』(「成功に価値はない!」p194より引用)と。背景を識ると理解も深まります。優れた美術品が自分の「悩み」の正体をあぶり出し、「気づく」トリガーとなるかもしれません。
