『老いて楽になる人、老いて苦しくなる人』 久坂部羊
『老いて楽になる人、老いて苦しくなる人』 久坂部羊

『老いて楽になる人、老いて苦しくなる人』 久坂部羊

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少し前の記事でご紹介したばかりの久坂部先生のご本ですが、興味深くて続けて読めました。デイケア施設で医師をされていたので、要介護の老人をたくさん看ていらっしゃいました。あめちゃんと真逆の世界なので、自分のリアルで見ている世界と逆を知りたい。あめちゃんのいるブルーカラー業界(肉体労働者)は、80代の方はたくさんいらっしゃいますし、なんなら70代のスタッフには「まだまだ若いよ!」なんて冗談も飛び交います。

前回ご紹介した、5年間行方不明だった認知症高齢者がある施設で保護されていたことがわかった!というお話は、かなりあめ的に恐怖でした(支払い免除……なんて無いですよね?!)。

ところで、認知症のタイプは、若いころの性格によって決まるのだそうです。わがまま、ひねくれ、神経質など困った系の性格が年齢とともに増幅されるので、好ましい要素は失われるそうです。(どんどん先鋭化するというお話は和田秀樹先生のご本でもありました)

『年を経れば人間が練れて人格者になるというのは、平均寿命が六十歳くらいの時代の話だろう。「人生八十年」の現代では、六十過ぎてあくせく働き、引退するころにはもう人格者になる余力がない。』(p82より引用)
『自分より長く生き、苦労もし、今の日本を作り上げた世代だとわかっていても、目の前で認知症ぶりを見せられると、素朴には敬えない。
かつて老人が尊敬されたのは、老人にそれだけ値打ちがあったからではないか。』(p83より引用)

昔は長老の話など、ご意見伺うだけの価値がありました。今ではネットの存在はもちろん、いろんな問題解決の専門家やプロがいくらでもいます。

『それどころか、年金の不足や高齢者の医療費増大で、老人は会社のお荷物と見なされつつある。現象面だけ見れば、老人のために費やさなければならないものと、老人から得られるもののバランスは、大きくマイナスに傾いている。だから老人は不経済な存在だと、言いたいわけではない。我々がそういう老人になるということだ。』(p84より引用)

あ…そうだ、あめちゃんはあと15年で前期高齢者なのです。

『国に満足のいくサービスを期待するのは、危ない賭けと言わざるを得ない。期待するのは自由だが、裏切られたと嘆いても、だれも何もしてくれない。
介護保険で何ができて何ができないか、それを知れば、この制度が介護の最低ラインを保証するだけのものであることがわかるだろう。』(p146より引用)

老いは治らないので進むばかりです。ご家族の方が「おばあちゃん(おじいちゃん)は、がんばってリハビリをすれば元通りの健康体に戻れる」と思いこんで(?)無理にでも、食べさせる、歩かせる、なんて光景は世の中にあふれているでしょう。無理なものは無理なのです。がんばれば元通り!なんてことはありません。昔の人は自然なままを受け入れていたからお家で家族に見守られてスーッと亡くなることができました。今は、なにがなんでも医療で生命維持をさせます。

体が動かない、しゃべれない、飲み込めない…でも色々されて痛いのはわかる…こんな世界に置かれたら恐怖でしかない。

■■■あめ的回答■■■

自分が要介護になったら、実質的な介護も、それにかかるお金も、いったい誰に面倒みてもらおうというのか?寝たきりで何年でもいられるのか?介護者に暴言暴力を加えてでも生きたいのか?60歳でもそうなる人はたくさんいます。そんなに先の話ではないのです。

久坂部先生が「おむつ=悪いもの」とマスコミはすりこみをするけれど、そんなことはないと仰っています。おむつ外しができたらエライ!ではありません。老いは一生治らないので、必ず、またおむつに戻るか死ぬのが先かとなります。お家で畳の上で自然にスーッと亡くなる気が無い、なんとしてでもいくらお金がかかっても抗って医療で延命するなら、やはり自分の自尊心を崩さざるをえない。自分はお家で自然にスッと亡くなりたいと言っても、家族が死ぬことを許さないなら仕方がないのですが。あめちゃんは痛くて苦しい80歳の自分の体を、なんとしてでも生かそうと(今は)思えないのですが、いざ80歳になったらスパゲッティ療法を受けてでも1年でも長く生きてやる~!と思ってしまうのでしょうか…。

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