|
|
●先に『空海を生きる』を読んでいたので、同じ時代に生きて、出会っていた空海と最澄それぞれの立ち位置からの見方が、スピンオフのようで興味深く読めました。まじめ人間=最澄(秀才型)と、密教人間=空海(天才型)の二人は、そもそも土俵が違う。二人は別々の道を進んでよかった!でも、あめちゃんは、それぞれの立場も「わかる~」と頷いてしまいました。自分が、「もう、そうせざるを得ない」道ってありますよね。違う選択などしようがなかった、みたいな。
●ひろさんの解説が、やはりすごいです。そもそも論ですが、大乗仏教と小乗仏教はまったく違った宗教だということです。キリスト教とユダヤ教もまったく別個の宗教です。
どちらが正しいか?そんな問いかけをしてはいけません
ひろさんのお話では、すでに小乗仏教は消滅しているそうです。(※小乗仏教からの派生はまだあるようです)今も、小乗仏教は劣っているかのような解釈をされる人もいます。ひろさんは、
『それに、もしも‟小乗仏教”が差別語であるのなら、‟小学校”も差別語になってしまいます。‟小”には差別の意味がありません。‟少数精鋭”という言葉があるように、小乗仏教の出家僧には、自分たちは有象無象ではなくエリートなんだという意識があったのではないでしょうか。むしろ‟大”のほうに、‟大衆小説”だとか‟大衆芸能”といった言葉があるように、軽蔑の意味があるのではありませんか。』(P160より引用)
「子どもは小さな大人ではない」という表現もありますよね。別個です。小乗仏教では、戒律も厳しく、出家者が偉く、在家は下という考え方があります。
当時の桓武天皇から見れば仏教は「金食い虫」。長岡京は十年しかもちませんでした。
『だが、桓武天皇が都を奈良(平城京)から長岡京、そして平安京に遷したのは、つまるところ奈良仏教に失望したからです。』(P23より引用)
『これまでの政治と癒着したような仏教ではだめだ!そのように感じとったからこそ、最澄は比叡山に入ったのだ、とわたしは考えています。』(P24より引用)
政治と宗教の癒着は大昔からあったのですね。
●最澄が小乗ではダメだと言った理由は、小乗には利他の心がないことと戒律の問題があるからです。
小乗で、殺生はいけないので、魚をとることもいけません。世の中には殺生を生業にしている人もいますし、その魚を食べて生きているのに。そして、ウソもいけません。
『たとえば、これは前にも言いましたが、暴力団に追われて寺に逃げ込んで来た人を助けるためには、「彼はどこにいるか?」と問われても、「そんな人はここには来なかった」と嘘をつかざるを得ない場合があります。それを正直に、「彼はこの部屋にいます」と教えるのは、小乗仏教の考え方です。』(P141より引用)
戒律を破る人続出で、いちいち裁いていたのでしょうかね…???あめちゃんも、守れやしないのでそもそもやれません。(蛇足ですが、因みにひろさん的に、日蓮は最澄のまともな後継者と言っていいようです)
戒律を守っていないことへの批難よりも、そもそも誰人も厳密な意味で戒を守ることはできません。
「小乗ではダメだ」と言ってくれた最澄。当時では大変なことだったと思います。
●人として、最澄のまじめ人間すぎるエピソードが、空海との対比ですごく面白いです。会津の徳一という学僧との論争、かなり響きました。自分自身にもぜひ問いたいことです。
『そこでわたしの言いたいことは、
——最澄は徳一と論争しないほうがよかった——
ということです。結果的にはこの論争も終わったあと(結論の出ないまま打ち切りになりました)。二年もしないで最澄は示寂(じじゃく)していますが、その人生の終盤の四年間を、こんな論争に明け暮れる必要はなかったと思います。
論争に結論が出なかった、という理由だけではありません。たとえ結論が出て最澄の勝ちになっても、それで最澄にどういうメリット(利益)があったというのですか?!最澄が負けたところで、いかなるデメリット(不利益)になったのですか?!それで天台法華宗が消滅するわけではありません。
そもそも、論争なんて無駄なことです。
徳一が最澄に、「おまえの考え方はまちがっている」と言ったなら、
「ああ、さよでっか……すんまへんなあ……」
と言っておけばよいのです。「おまえのほうこそまちがっている」と言い返す必要はありません。』(P84より引用)
因みに、空海は、徳一から売られた喧嘩は買っていないそうです。やはり最澄だからこそ、売られた喧嘩もまじめに買ってしまったのですね。我々もそうですよね。日々、売られた喧嘩(ではないにしても)相手のいじわるな態度に反応してしまうとか、放っておけばいいものを。
実業家の斎藤一人さんのお話でも「相手を言い負かして勝ったところで恨まれるだけ」というのがありました。まったくそうですよね。
■■■あめ的回答■■■
空海ファンのあめちゃんは、同じ時代に交流が一時でもあったという最澄もおさえとかなきゃと思い、やはりひろさちやさんのシリーズだと安心して読めました。
スピンオフみたいに、空海版と最澄版のリンクが面白かったです。交わってみてもやはり違う道を行くしかなかった二人。あめちゃんは勉強好きな子供時代ではなかったのですが、この年(アラフィフ)になって、歴史に学べることだらけだなと痛感。
『空海を生きる』を読んでいなかったら、最澄にも興味はわかなかったので、いろんなところで、思いがけないご縁がつながっているとありがたく思います。

最澄さんバージョンとして、比叡山に行きたかったのですが、誘った親戚に「比叡山って猿山でしょ?いやだ」と断られてしまいました。お写真は、関係ないのですが、神田神社のお馬さん「あかりちゃん」です。
