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●今回の書評ページは、ひやしあめ史上、最長文となります。私は、日蓮さんが謎すぎました。本当に日蓮さんは『願い事が叶うまでお題目を唱えなさい。願い事はお題目で必ず叶う!』と仰ったのか?自分の言っていることが正しい!と正義感を振り回して周りを敵だらけにする頭のおかしなひとだったのか? 日蓮さんは800年前の人です。私がかっぱさんに「人の話ってさ、2人も挟むともう違う話になって伝わっちゃうよね」と言ったら、かっぱさんは「1人挟んだって違う話になっているよ」と言いました。
本当に日蓮さんがどういう人だったのか?何を言い、何を思ったのか?当時の歴史と照らし合わせると、私は、ひろさちやさんの仰る解釈が、かなりの確度のリーディングだとかなりホッとしました。
冒頭で、日蓮さんが竜の口の法難で、斬首刑になりそうになったエピソードに触れていますが……
『ただしこの点に関しては、当時の鎌倉幕府であった『御成敗式目(ごせいばいしきもく)』(別名『貞永(じょうえい)式目』)では、僧侶を死刑にすることは禁じられていたのであって、竜の口の法難はなかったとする研究者もいます。』(p13より引用)
なるほど!!と膝を打ちました。そこで日蓮さんは嘘をついたのか?というより、‟誇張表現”をしたという方がひろさんは穏当だと仰っています。これは私たちだってしますね。盛り気味にもします。
●日蓮さんといえば立正安国論と世間では思われています。立正安国論は政治の書であって宗教書ではないというのがひろさんの読みです。
『「あなたがたはまちがっている。そんなまちがった政治をやっていると、いずれ「他国侵逼の難」や「自界本逆の難」が起きるぞ」と警告を発したのです。』(p51より引用)
そんな間違った政治をやっていたら、外国から侵略を受けたり、国内で叛逆者が出て内乱が起きてしまうぞ!というのは、現代でもそうですよね。立正安国論とは、至極まっとうなことを言っている政治の書なのでしょう。さて、以下の文は、最初の難しい漢字群はさらっと流して下さって構いませんので、以後のひろさんの解説をどうぞ。
『——「背正帰悪」「善神捨国」「聖人辞所」「魔来鬼来、災起難起」——
の句に、『立正安国論』で日蓮が言いたかったことの趣旨が尽くされています。われわれ日本人が正に背き悪に帰したがために、善神も聖人も日本を見捨ててしまい、もろもろの災難が起きるのだ。日蓮はそう主張しています。
だからこそ「立正」なんです。われわれは「正」を「立」てなければなりません。
だが、問題はその「正」なんです。
そもそも「正」とはなんでしょうか?
じつは、わたしは「正」という考え方そのものが好きではないのです。われわれはよく、「俺の言っていること、おまえの言うことの、いずれが正しいか、ひとつ白黒つけようじゃないか」
と言いますが、本当に白黒がつけられるでしょうか?白黒をつけるというのは、一つの意見が百点で、もう一つが零点の場合です。でも、そんなことはあり得ないので、たいていの場合は二つながらに灰色です。一方が八十点、もう一つが七十点くらいです。だとすると、そんな差はどうだっていいではありませんか。
しかし、政治の場では、そんなことを言っておられません。選挙の場合は、一票でも多く獲得した者が当選します。会議における採決もそうです。一人でも多くの人が賛成すれば、それが「正しい」ことになります。
ということは、「正しい/正しくない」というのは政治の考え方ではないでしょうか。
まさにその通りです。したがって『立正安国論』は政治の書であって、わたしは宗教書ではないと考えています。日蓮はこれを政治の書として執筆し、そして政治家に献じたのです。』(p53より引用)
立正安国論は日蓮さんが39歳の時にご執筆です。その中に日蓮さんの法然さん批判が入ってきます。
『法然は、「厭離穢土、欣求浄土」ということで、穢土(汚れた土地)である娑婆世界を忌避して、清浄な土地である浄土を求めました。政治の観点からすれば、この態度は許せません。なぜなら政治というものは、自分がいま住んでいる土地———娑婆世界———を良くしようとするものです。その現実世界を捨ててしまっては、政治はなくなってしまうのです。』(p61より引用)
確かに、「あっちの世界の方がいい!」と言われてしまっては政治としては困りますよね。
ただし、この「立正安国論」を受け取った北條時頼はその趣旨がはっきりわからないまま(理解できずに)終わってしまったのではないか?と。しかし、時頼が黙殺であっても、念仏者たちは法然批判を黙ってはいなかったのです。
『日蓮の側からすれば、松葉ヶ谷の法難において、自分は被害者だ、被害者だけが罰せられるのはおかしい——といった気持ちがあります。しかし、松葉ヶ谷の法難を招いたのも、『立正安国論』における法然批判が原因です。それも悪口です。日蓮のほうから先に悪口を言ったのです。』(p76より引用)
自分で蒔いた種は自分で刈らないといけない宇宙法則は例外なく日蓮さんにも降りかかったのですね。とはいえ、キリストさん以前のヨハネさんにしても、預言者には法難・迫害はつきものです(※予言と預言は違います)。だから日蓮さんは自分が法難に遭うことをむしろ喜んでいます。
●日蓮さんは57歳のときに身延で執筆された『三沢鈔(みさわしょう)』でこう書かれています。
『[わたしが説いた教えについては、佐渡に流罪になる以前に説いたものは、仏教においての仮のものだと思って下さい]』(p18より引用)
日蓮さんは佐渡流罪で佐渡に渡ってから、まったくの別人に生まれ変わったようです。日蓮さんは佐渡で、阿仏房夫妻、国府入道夫妻、一谷入道一家など、多くの念仏者たちに助けられます。
『そうすると、教理・教学の問題と、人間の生き方とは違うのです。『法華経』の信者であっても、吝嗇(※あめ注・りんしょく=けちんぼのことです)で冷血漢もいます。同じく念仏信者のうちにも、温かい人情家がいるのです。「預言者」一筋に生きてきた日蓮さんは、佐渡の地において、少しづつそのことに気づいたのではないでしょうか。』(p114より引用)
実際に法華経(日蓮さん)の信者さんでも、とても尊敬できない、(自分の考え、信じるものとは違う人を)キレて怒鳴る人や、いじわるで姑息な人とか、いっぱいいます。あなたの周りでも思い当たる人がいるかもしれません。浄土宗でも品性と温かさをにじみ出した方もいらっしゃいます。
日蓮さんの『観心本尊抄』を読まれてのひろさんの感想は、
『〈やはり日蓮は、佐渡において念仏者から多くを学んだのだなあ……〉』
だったそうです。佐渡で温かい人と人とのふれあいによって、日蓮さんの心境はガラっと変わったのでしょう。私もそうであってほしいと思います。
●ひろさんは預言者は政治家だと断言してもよいと仰っています。佐前(佐渡の前)の日蓮の言動はそれと見れます。日蓮は政治の中心の鎌倉を去り、甲州の身延に向かいます。これが日蓮さん、政治からの引退です。『未驚天聴御書(みきょうてんちょうごしょ)』で、幕府へ(『立正安国論』の上呈を含めて)3度、諌暁(かんぎょう)したけれど、もうやめにするし、後悔することもないと、日蓮さんは仰っています。以下、ひろさんのお話です。
『政治にこだわることは、この世の中を良くしよう、いい社会をつくろうとするものです。
わたしの発言は非常識でよく誤解されるのですが、仏教者は世の中を良くしようなんて考えないほうがいいと思います。
なぜかといえば、いつの時代、いかなる国においても、一方には大きな利益を享受して幸福に生きていける人もいれば、他方には不幸に泣いている人もいます。勝ち組がいれば、必ず負け組がいます。その構成員の全員が幸福であり、勝ち組であるような社会はないのです。
しかもですよ、勝ち組にとっては、負け組が多いほうがいい世の中なんです。勝ち組は負け組から搾取しているわけですから、負け組が少ないと勝ち組の取り分が少なくなるからです。とすれば、勝ち組にとってのいい世の中は、あり得ませんね。
だから仏教者は、世の中を良くしようなんて考えないほうがよいのです。わたしはそう思います。』(p171より引用)
日蓮さんは、日本を良くしようと考えすぎたのです。政治は、あちらを立てればこちらが立たず。全員にとって、OK!ウエルカム!な答えは出せないのです。もう日蓮さんは、身延のお山に入られて良かったのでしょう。
●さて、話を『法華経』に戻してみます。ひろさんは、法華経で言っていることは諸法実相(しょほうじっそう)だと仰っています。諸法の実相はわたしたちにはわかりません。仏だけが知っている。
『では、どうすればよいのでしょうか?
分からないのであれば、今、目の前にある姿(相)を実相だと信ずればよいのです。目の前に雪が降っていれば、〈ああ、雪なんだな……〉と思って傘をさして歩けばよい。晴れてくれば傘をたたむだけです。目の前に陽気な人がいれば、一緒になって笑えばいい。目の前に乱暴な人がいれば、逃げればよいのです。
ということは、諸法の実相はわれわれには分からないのだから、今、目の前にある相(姿)を実相だと思って、それに対処すればいいのです。つまり「諸法が実相」なんです。わたしはそう解釈します。
『法華経』は、そういうふうに教えていると思います。』(p181より引用)
このブログでも、相手は自分のミラーマンだというお話が何度も出てきました。相手は自分を写し出している。目の前の嫌な人も、嫌な役目でわざわざそれを見せてくれているのです。あめちゃんは、その嫌な姿を見せられて「あ…これ……私だ」と気づかされたことがあります。
■■■あめ的回答■■■
「南無妙法蓮華経」とは、法華経にすべておまかせしますということです。さぁ、ここ大事なとこですよ。
『そして、おまかせした以上、その結果がどんなになっても文句を言ってはいけません。
目上の人に頼みごとをしておいて、「おまかせします」と言っておきながら、自分の思うようにならなかった時、あとで文句を言っている人がいますが、それは「おまかせ」したことにはならないのです。
「南無妙法蓮華経」と唱えた以上、いかなる事態になろうと、それで良かったのです。いや、それが良かったのです。』(p189より引用)
貧乏でも、病気でも、大学入試に落ちようとも、その逆で健康でも、お金持ちでも、一発合格でも、それがよかったのです。ひろさんは「南無そのまんま・そのまんま」と仰っています。
とにかく神仏に対して「ああしてください。こうしてください。あれだとイヤです」とオーダーを出す人の多いこと。昔の人は神仏をもっと畏怖していたから、こんな注文(文句)なんてつけていなかったことでしょう。安全な水が飲めて、エアコンがあって、スマホがあって…、現代人はお殿様より恵まれて生きているのに、注文の多さに自分でも疲れてしまうのではないでしょうか。
良かった…ひろさんの解説では、日蓮さんは、ちゃんと人間味があって、年月を重ねてきちんと、気づきや成長をしている人でした。南無妙法蓮華経は、なんでも願いを叶える魔法ではありません。世間での誤解が、この一冊で氷解していきます。